さよならアコ

アナログですが

「どうぞ、続けてください」


女は何事もなかったかのように僕に続きを促した。
女が出現させた光の環はそこから動くことも音を発したりすることもなく、時々点滅しながらそこにある。
女はそれで何かをするつもりはないらしく、ただそこに出現させただけなのだ。
女にとってはよくあることで気にするようなことでもないのかもしれないが、僕にとってこれは異常現象であり見過ごせない事態である。
ここぞとばかりに僕は勢いよく立ち上がり、女の横に浮かぶ光の環をびしっと指さした。


「いやいやいやいや、ちょっと!待って!何それ!?」


やや早口に飛び出た言葉はいささか間の抜けたものであった。
勢いなんてこんなものである。
僕は恥ずかしさに穴があったら入りたい心境であったが一度突き出した指を引っ込めるのは何故だか非常に負けたような気がして引くことはできずに、そのままのポーズで静止していた。
普通だったら引くか笑うかするであろうこの状況でも、女の表情は崩れなかった。
一瞬僕が指を指した方向を視線だけでちらりと見て、気だるげなまま小首を傾げる。


「それ、とはメモのことでしょうか」


多少訝しげに女が言った。
表情は相変わらずだが声色の僅かな変化がわかるようになってきた気がする。
彼女がメモと呼んだそれは僕が思うメモとは遥かにかけ離れたものなのだが、たしか彼女はそれを出す前にメモをすると宣言していた。
もしかしたら若者たちの間ではこれが流行っており、僕が時代に取り残されているだけなのだろうか。
例えばそう、所謂立体映像的なものだ。
今流行しているVRというものもあるし技術の進歩と言うのは目覚ましいもので、仕事ばかりで引きこもりがちな僕が知らないうちに巷ではこれが最先端なのかもしれない。
これでも若い頃はiPodやらスマホやら流行には敏感な方だったのだが。
僕も歳をとったということなのだろう。
僕は腕をゆっくり下した。
時代に取り残された僕には彼女を指さす資格はない。


「そうか、メモだったのか・・・
おじさん知らなかったんだ、すまない」


僕は顔を伏せた。
完全なる敗北、それどころかこの若者とは同じ土俵に上がることすらおこがましいことだったのだ、と。
女の表情は変わらないがきっと内心僕を笑っているに違いない。
物を知らないうっかりおじさん、と。
僕が密かに敗北を確信し羞恥心と時代に取り残されたという何とも言えない侘しい気持ちを噛みしめている中、彼女は平然と聞き捨てならないことを発言した。


「知らないのも無理はありません。
地球にはまだない技術ですからね。
こちらではこれでもアナログな部類ですけど」


僕は先ほどの彼女のように小首を傾げた。
傾げざるを得なかった。

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