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連続小説

「あの」

「ごめんごめん。
そこにあったから、つい」


僕はてへぺろっと舌を出す。
手の平を舐めたことと掛けたハイレベルな冗談だ。
自分でもこれは上手いと思ってしまった。
しかしアコにはそんなこと通じやしない。


「つい、じゃないですよ!
なんてことするんですか!もう!」


顔を真っ赤にしてぎゅっと拳を握り、胸の前で上下に何度も何度も上げて降ろすを繰り返すアコ。
憤慨しているのだろうか。
見ているとその握った拳でそのうち殴られるのではないかとハラハラしてしまう。
僕のアコはそんなことするような娘ではない、はずだ。


「口を塞いだりするからさぁ」

「だからって舐めることありますか!
すんごくぞわっとしたんですよ!?」


どうやらアコは手の平が敏感なようだ。
まあでも、少しわかる。
何を隠そう、僕も舐められるのは苦手なのだ。
場所によるけれど皮膚が薄いような所はくすぐったいし体に鳥肌が立ちそうな感覚になる。
それは決して気持ちいい感覚ではなくて、それが良いっていう人もいるかもしれないけれど、僕はなんというか、ナメクジに這われているみたいで生理的に気持ち悪いんだよな。
手の平って意外と感覚が過敏と言うか、確かにくすぐったさを感じやすい部分だった。
そんな部分を無防備に僕の口に押し当ててきたアコにも責任はあると思うが、それでも舐めたのはやり過ぎだったかもしれない。
お詫びの意味も込めて、僕はアコの頭を撫でた。


「よしよし」

「そ、そんなことしてもダメですからね!」


アコは頬を膨らませるが、本心は嬉しいのだろうとすぐにわかった。
本人は悟られないようにしているが、全身から幸せなオーラが滲み出てしまっている。
例えるなら、犬だろうか。
興味がないみたいな顔をしているのに尻尾は今にも千切れそうなくらいに振り乱されている、みたいな。
本人はそんな簡単じゃないっていうふうに見せたいのだろうと思うが、僕はアコのこういう子犬みたいな所が大好きだ。
見ているとにやにやしてしまう。


「あの」


和やかになりつつある僕らに宇宙人は空気を読んでか控えめに声を掛けた。
見れば僅かに鼻が赤くなっている。
やっぱり結構しっかりと鼻先にヒットしてしまっていたようだ。
平然とした顔をしているが痛くはないのだろうか。
横では宇宙人の鼻の赤みに気付いたアコがあたふたし始めていた。
宇宙人の鼻にダメージを与えたのはアコの手なのだが、赤くなっているのを見るまで気が付かなかったのだろうか。
手を突き出した時の勢いや手の平が鼻に当たっている感じとか、わかりそうなものだけど。


「ごめんなさい!
鼻、痛かったですよね?大丈夫ですか?」


アコがおろおろと宇宙人に近付く。
心配はしているがどうしていいか解らないという感じで、行き場のない手がそれを物語っている。

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