さよならアコ

あの、ご主人様

僕の横にアコが座り、部屋の中に静寂が訪れる。
誰も何も話さなかった。
こうしているともう用はないと宇宙人は再び帰ろうとするだろう。
その前に何かを言わなければいけない気がするのだが、何を言えばいいか思いつかなかった。
横を見るとアコが俯いて難しそうな顔をしている。
緩やかな膨らみがある額にうっすらと皺が刻まれ、まるで人間のように皮が存在しているみたいだ。
細胞ができるというのは人間になるという事なのだろうか。
人間のように骨や肉ができて、それを皮が包むのだろうか。
そう言えば、あまり気にしていなかったがアコは表情が豊かで顔が良く動くのだ。
でも顔に触れた手触りはラブドールのアコのままで、変化がある感じはしなかった。
なんだか無性に気になってしまった僕はアコの顔に触れたくなってしまい、床に触れていた手を上へ動かそうとした。
同時に、アコが顔を上げて僕を見た。
触れるつもりでいた僕はどきりとして、思わず動かしかけた手を隠すように反対の手で掴んだ。


「あの、ご主人様」


アコが僕を呼ぶ。
もし今何をしようとしていたのかと尋ねられたら、右手が勝手に疼きだしたことにしよう。


「はい、なんでしょう」


別にやましいことは無いのだが心臓がバクバクと激しく動く。
昔からそうなのだが僕は大したことがないのになぜか緊張してしまう時があるのだ。
例えば出された茶菓子に手を出すときとか、誰もいない試食コーナーで買いもしないのに試食している所を見られた時なんかだ。
どうして今そんな例えがふと浮かんだのかは全くわからないが、そういう時に似た嫌な緊張をしている。
僕は作り笑いで不自然に丁寧な返事をした。


「私、思ったんですけど、ご主人様が良いよって言ってくれて、宇宙人さんが良かったらなんですけど」


アコは様子を窺うようにちらりと宇宙人を見る。
立ったままの宇宙人は自分が巻き込まれようとしていることなどまるで聞こえなかったように、変わらず感情のない眼差しでこちらを見下ろしていた。
まるで停止してしまったようだ。
アコは彼女からすぐに視線を外した。
実際宇宙人に見られているのは僕でおそらくアコは中心には映っていないのだが、それでも彼女の凍てつく視線は僕が感じたのと同じように、怖かったのかもしれない。
アコは一度ぎゅっと目を閉じて、こちらに音が聞こえるくらい大きく息を吸った。
そして胸の前で手を組み、上目遣いで僕を見る。
これはもしかして、所謂お願い、もしくはおねだりの構えというやつではないだろうか。
このタイミングでいったい何を求めるというのだろう。
それも、僕と宇宙人を巻き込んでだなんて。
僕は片腕を押さえたまま、息を飲んだ。

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