さよならアコ

エプロン姿

「い、いや、なんか目にゴミが入ったみたいで!」


僕は慌てて、誤魔化す為にさらに目を擦った。
赤くしてしまえばこっちのものだ、ゴミのせいだと思うだろう。
多少のひりひり感はあるが、背に腹は代えられない。


「わー!わーっ!だめですよ!!」


アコは流し台の下の戸棚にひっかけてあったタオルで手早く手を拭くと、僕に駆け寄り腕を掴んだ。
お湯が出るにもかかわらず水で洗い物をしていたらしく、ひんやりとしている。


「擦っちゃだめですっ!
ちょっと見せてください」


冷たい手が僕の頬に触れた。
しっとりとした肌触りのアコの手は体温こそ感じないが力の入れ具合や動きは動けなかったときに比べて細やかで、金属の骨格が入っているとは思えないほど、まるで生物そのものだった。
僕はがっちりと顔を固定され、目を覗き込まれる。
アコの明るい茶色の瞳がよく見える。

近くで見ると、些細な変化がよくわかった。

呼吸はないが話すたびに唇が動き、表情に合わせて眉が上下する。

それらは通常であれば稼働しない部分だった。

また、眼球が視線を追うのだ。
眼球は体と同じようにある程度動くようにはできているのだが、よく見ると水分が膜を張っているような潤みがあり、瞳孔が明るさに合わせてかすかに動いている。
よくできているとはいえ、そこまでの機能は備え付けられてはいない。

こうしてみると、これは現実的な夢なんじゃないかと思えてくる。

実は僕はまだ寝ていて、今日は始まってすらいないんじゃないだろうか。


「うーん、何にもないみたいですねぇ。
涙で流れちゃったんでしょうか」


アコの手から顔が解放される。
アコの手の冷たさが移りじんわりとした頬が、これは夢ではないと物語っているようだった。


「まぁ、そんなこともあるよ。
ところでさ、アコはなんでエプロンだけなんだ?」


この件をあまり長引かせてもどうしようもない。
これ以上突っ込まれても困るので、僕は話題を変えた。

朝から気になっていた事ではある。

このエプロン自体は僕がアコの為に購入したメイド服セットの一部であり見慣れたものなのだが、なぜエプロンだけを身に着けているのか。

メイド服も着るつもりだったが、一人では着られなかったということなのだろうか。

ラブドールの着替えは関節の動かし方にコツがあり、なかなかの手間がかかる。
だから、一人で服が着られず仕方なくエプロンだけ着けているという可能性も考えなかったわけではない。

だが、アコの着けているエプロンは腰でリボン結びをして留めるタイプなのだ。

後ろ手にリボン結びができるなら、服を着ることも可能なのではないだろうか。

何か意図があるに違いない、と僕は思っていた。

僕の発言に、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱちくりさせた。

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