さよならアコ

不満気な表情

「美味しくない、ですか・・・?」


僕が舌に張り付いたわかめを取ろうと口をもごもごさせて舌と格闘していると、様子を窺っていたアコが心配そうに胸の前で手を合わせて声をかけてきた。
なかなかにしつこいわかめである。


「いや、美味しくなくはないよ」


僕は舌から取れたと思ったら口の上側に張り付いてしまったわかめを舌先で追いかけながら曖昧で微妙な返事をした。
完全にわかめに気を取られてしまっていたのだ。


「本当・・・ですか?」


アコが食い下がる。


「まぁ、すごい美味しいってほどではないけど」


僕は左手に持っていた器からスープを追加で口に流し込み、わかめを奥へと押しやることに成功した。
無事わかめから解放されほっと一息つくのも束の間、目の前のアコの不満顔と視線が合ってしまう。

この時点で僕は彼女の不満顔に心当たりはなかった。


「どうした?」
「ご主人様、なんだか複雑な顔するんですもん。
本当は美味しくないんじゃないですか?」


わかめに気を取られて自分がどんな顔をしているかなんてまったく気にしていなかった。
むしろそれは美味しくない顔ではなくわかめが貼りついている不快顔だったのだが、アコには食事に不満があるような顔に見えたのだろう。

普段あまり誰かに食事を用意してもらい、その人の目の前で食事をすることが無いから忘れていた。

たとえそれが在り合わせのインスタントだったとしても、せっかく用意したものを嫌そうに食べられては気持ちがいいものではない。
ラブドールのアコも、そう感じたのだろう。

まるでアコのことを軽んじてしまったようで、僕は途端に申し訳なくなった。
全てはわかめのせいなのだが、配慮が足りなかった。

アコはこんな遅くまで家の片付けをし、夕食を用意し、僕を待っていてくれたのに。


「ごめんごめん!
本当に美味しくないわけではないんだよ!
ただちょっとさ、わかめが口の中で貼り付いちゃってさ」


僕は慌てて、大袈裟に手を振り否定した。
アコを誤解させたままでは居たくなかった。


「えっ!?」


アコが目を丸くする。


「わかめって貼りつくんですか!?」


僕の告白はアコにとって衝撃的なことだったようだ。


「いやまぁ、必ずしも貼りつくってわけじゃないけど今回は薄かったからね」
「へぇぇぇぇ、そうなんですねぇ・・・
私、わかめって食べたことがないので知らなかったです!
わかめを食べるとあんな顔になっちゃうんですね」


少しずれてはいるが、誤解は解けたらしい。
何か納得するようにうんうんと頷きながら、アコは不思議そうな顔でスープの中に残ったわかめと僕の口を交互に見た。

僕はふと、夕食が自分の分しか用意されていないことに気付く。


「そういえば、アコは食べないのか?」

僕の質問に彼女は残念そうに微笑み

「食べられるなら食べたいですけど、私はラブドールですから」


と言った。

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