さよならアコ

ご主人様っ!

そんなことを思いながら、僕は自分の身支度を済ませた。
身支度と言っても洗顔と歯磨き、着替えくらいで時間はかからない。
その間アコは髪をいじったり化粧を直したりしていたようで、洗面所から戻ると彼女は少し大人びた様相に変わっていた。
普段アコの化粧や身なりを整えると言ったような手入れは僕がしていたわけだが、一人で動ける今、それは必要ないらしい。
ラブドールと言ってもやはり女の子なのだろう。
そう言った知識は予め持っているようで、僕がやるよりも幾分上手に見える。
今まで雑誌やらネットやらで研究を重ねながら試行錯誤をしていた僕はなんだか哀しいような嬉しいような複雑な気持ちになった。
娘が思春期を迎えた父親ってきっとこんな気持ちなのではないだろうか。


「さて、行こうか」


僕はアコに茶色のカーディガンを羽織らせた。
いくらニットと言ってもそれ一枚では寒いだろう。
アコ用の上着がないためこのカーディガンは僕のメンズ用のものだが、上着として着るなら大きめでも問題はない。
アコは何故か頬を赤らめていた。
僕には問題ないように見えるが、やはりメンズ用は恥ずかしいのだろうか。
最近買ったばかりだからまだくたびれてはいないのだけれど。


「あ、しまった。
アコは靴もないじゃないか」


玄関まで来て僕らは足を止めた。


「そういえば、靴って履いたことないですね」


アコもハッとする。
服はいろいろあるが、今まで外に連れ出すことはなかったため靴はなかった。
上着が無いのも同じ理由だ。
なぜ上着の時点で気付かなかったのだろう。


「お出かけは中止、ですか・・・?」


アコが悲しげに僕を見た。
先ほどまでの嬉しそうな顔とは一変して、今にも泣き出しそうだった。
無理もない。
あんなに喜んでいたのだ。
僕はなんとかできないかと靴箱を開けた。
何としても、このお出かけを中止するわけにはいかない。
アコを悲しませたくない。


「いや、中止はしないよ。
何か取りあえず履けるものを履いて、出たら一番最初にどこかで靴を買おう。
うーん・・・これならまぁ、履いて歩けないこともないかな」


僕はゴム製のサンダルをアコの前に置いた。
アコの服装には合わないが仕方がない。
一時凌ぎだ。


「ご主人様っ!」


足をサンダルに差し入れるとアコは感極まったという感じで僕に飛びついてきた。
僕はそれを受け止め、宥める様に背中をぽんぽんと叩いた。
よほど嬉しいのだろう、目がキラキラしている。


「嬉しいのはわかるけど、歩きにくいだろうから転ばないように気を付けるんだぞ」


彼女の身体を引き剥がし、僕は玄関の扉を開けて外へ出た。
僕の声に返事をし、アコもそれに続いて一歩踏みだしたところで、彼女はまるで操っていた糸が切れた様にその場に倒れ込んだ。

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