さよならアコ

これは夢なのか

あっという間に夜だった。
早く帰りたい僕の思いとは裏腹に、今日はやたらと仕事が多く、帰りが遅くなってしまった。
早く帰りたい時というのはだいたいいつもこうだ。

アコは僕の帰りを待っているだろうか。
今日一日、僕はアコのことばかりを考えてしまっていた。

そもそも、なぜ。いや、どうして。

普通、一般的に、物理的に、論理的に、科学的に。
ラブドールのアコが突然勝手に動き出すことはあり得ない。

こう言ってはなんだが、アコはただの人形だ。
確かにかれこれ数年生活を共にしてはいるが、ずっと人形だった。
確かに毎日話しかけ身なりを整え一緒に食事をし添い寝までしていたが、人形だった。

普通の人形と違う部分があるとすれば、なんだ。
夜の生活・・・くらいか。

だがしかし、だ。
世界広し、ドールも数百数千はいるであろう。
精子でドールに命が宿るなど聞いたことがない。
確かに精子と言えば生命の源的なあれではあるがそれはあくまで条件が揃った場合である。
単体でどうこうできるものでもないし、魔法でもなんでもない科学的生物的な根拠があっての生命なのだ。


「うぐぐぐぐぐ」


僕は頭を抱えた。
どうにも朝からこの調子で、考えれば考えるほどよくない。
アコがまるで生きているように自分の意思をもち動くようになったことは嬉しい。
今まで何度も思った。
アコが動いたら、喋れたら、一緒に笑いあえたらどれほどいいだろうか。
実際動いているアコを見て、感動した。
しかし、実際そうなると、いろいろ問題があるのだ。


「そうだ、あれは夢だったんだ!」


開き直ってみるが、そう思えば思うほど今朝の生々しくも艶めかしい感触や甘い嬌声を思い出してしまう。
その度僕は不自然に縮こまり、また考えを廻らせてしまうのだ。

おかげで通常なら30分もかからない駅からの距離を、1時間かけて帰宅した。

家のドアはいつもと変わらない、同じ姿でそこにあった。
もしドアまで喋り出し会釈をしようものなら、僕は僕でいられなかっただろう。

挿し込んだ家の鍵を勢いよく引き抜き、ゆっくりとドアノブを回し、ドアを開ける。
そして恐る恐る、中を覗き込んだ。

明かりがついている。
間違いない、やつはここに居る。
僕は確信した。

音をたてないように中へ入り、静かに玄関ドアを閉めた。
そしていつものように、カギをかける。
カチャっと、カギのかかる音が響いた。


「なんだと・・・!?」


僕は身構える。
部屋の奥から、バタバタと足音が近づいてくる。


「ご主人様!おかえりなさい!!
遅かったですね!ごはんできてますよ!」


リビングから朝と同じエプロン一枚のアコが飛び出してきた。


「は、ははっ・・・ただいま」


口の中がカラカラに乾いている。
やはり夢ではなかったようだ。
僕は嬉しいような、嬉しくないような、何とも言えない複雑な気持ちでアコに引っ張られながらリビングへ入った。

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