さよならアコ

恐怖の正体

正直、自分でもなぜ、という状態だった。
と言うのも、自分ではグロテスクなものにはある程度の耐性があるつもりだったのだ。
ホラー映画やSF映画は寧ろ好んで観るタイプだし、一般的に嫌悪するようなスプラッターなものも平気だ。
僕は洗面所で顔を洗い、ゴミ箱の中身を片付けていた。
自分がゴミ箱にビニールを掛けるタイプの人間でよかったと思う。
手を汚さずに、ビニールを取り出すだけで片付けることができるのだから。


「ご主人様、そういうのは私がやりますから」


僕の後を追ってきたアコが物理的に僕の手を止めた。
アコの手が僕の手に触れた途端、背筋に冷たいものが走り全身の毛が逆立った。
僕は思わずぱっと手を離す。
支えを失ったゴミ箱を慌ててアコが受け止めた。
幸い中身が外に散らばることなく、本当によかったと思う。


「あ、ごめん」

「いえ、あの、私こそ急にごめんなさい。
ご主人様、大丈夫ですか?」


アコの顔はいつになく心配そうだった。
僕はアコの問いに答えることなく、再び上がってきた異物感に洗面台の中に顔を突っ込んだ。
じりじりと喉の奥を焼く吐瀉物は僕の意思など関係なく口から外へと溢れだす。
少し鼻の方へ行ってしまい、それがまた痛いのだ。
吐くなんてのはいつ以来だろう。
いつぞや会社の飲み会で羽目を外して飲み過ぎたことがあったか。
あの時は本当にひどい目にあった。
そんなことを思い出しながら、目の前の蛇口を捻り、口を濯いだ。
ついでにもう一度、冷たい水で顔を流す。
タオルを取ろうと顔を上げると、そこに映っていた自分の顔は青ざめて不安げに瞳が泳ぎ、ひどいものだった。
なるほど、アコが心配するのも頷ける。
この恐怖の正体に、僕はさっき気付いてしまった。
それは本当に一瞬だが、あの宇宙人の身体を思い出して脳裏を過った想像だ。
触れたアコの手が柔らかく溶ける様に形を変え、かろうじて形を保ったまま床に落ち、その衝撃でまるで地面に叩きつけられたトマトのようにべちゃりと拡がるのだ。
血が飛び散る様な光景ではなかった。
アコの透き通るようなそのままの肌色のまま、ぼとりと落ちた。
僕は思い出して、またぞっとした。
ただただ気味が悪かった。
溶けるというのだろうか、或いは全く別の物になってしまうのかすべて理解できたわけではないが、身体の一部がどろりと崩れるというのは想像だとしても身の毛がよだつ光景だった。
ここにきてようやく、自分が異質なものと接しているのだということを思い知る。


「そういえば、一瞬だったけどアコも外に・・・」


僕はハッとした。我に返り、アコの肩を掴む。


「え、ちょっと、ご主人様!?」

「体、どっかおかしいところはないか!?
違和感があるとか、動かしづらいとか、痛いとか、痒いとか、大丈夫か!?」


肩から下半身へ、アコの身体を触って確かめる。
しっかりとした感触が指先に触れる。
今のところおかしなところはないようだ。
僕はとりあえず、ほっと胸を撫で下ろした。

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