さよならアコ

女の子

僕は水に濡れた床を手早く片付け、なんとなくテレビを付けた。
見慣れない土曜の朝の情報番組をぼんやりと眺めながら、ソファに深く腰掛けアコを待つ。
時折水の流れる音とそれを止める音が薄い壁の向こうに響くのが、聞こえる。
シャワーというものはこんなに時間のかかるものだっただろうか。
僕はおそらくどちらかと言えば早風呂な方で、シャワーもさっさと全身を泡で包み、頭から体まで一気に流してしまい手っ取り早く済ませてしまうことが多い。
一人暮らしを始めてから水代や光熱費が目に見えるようになったため、少しでも節約しようといつからかそんな癖がついたのだ。
自分でも自分のシャワータイムは短いと思っているから、自分と比べるのはどうしようもないことだとは思う。
まして、アコはドールとはいえ女の子だ。
一般的に女という生き物は風呂やシャワー、トイレに時間が掛かる生き物なのだ。
これは男には永遠の謎である。
今も実際、水音は止まっているがアコがリビングに来る気配はない。
まだバスルーム、もしくは洗面所で何かをしているのだ。
何をしているのか気になる僕ではあるが、それを確認しに行くわけにはいかなかった。
ラブドールとはいえ、女の子の入浴を覗き見るなんて紳士として在ってはならないのだ。
僕は洗面所から気を反らすため、テレビの今日の動物紹介コーナーに意識を集中した。


「いやぁ、やっぱり動物はいいなぁ」


特に興味もないペット自慢を横目に、壁の向こうに聞こえるようにわざとらしく声を出す。
それに対する返事か、それをかき消さんとしてか、壁の向こうでドライヤーの騒音が聞こえた。
それからしばらくして、ドアが開いた。


「すみません!お待たせしました!
すぐ朝ごはんの用意をしますね」


昨日眠るときに着ていたのと同じTシャツ姿で、アコが台所に向かう。


「寝癖がなかなか直らなくって、ちょっと大変でした」


湯気が上がる炊飯器からお椀にご飯を掬い上げながら、アコはそう言って笑った。
それを聞いて僕はふと気になったことがある。


「なぁ、アコの髪ってそれさ、あれなんだよな。
いつものあのウィッグなんだよな」

「そうですよぉ?
あ、大丈夫ですよ!ちゃんとシャワーの時は頭は濡らさないように脱いで浴びましたし!」


アコはどうやら僕がウィッグの心配をしていると思ったようだった。


「そうか。いや、それならいいんだ」


実際僕が気になったのはそういうことではないのだが、そういうことにしておくことにした。
アコが動き回れるようになったからって、ウィッグが直接頭皮にくっついてしまうなんてことはやはりあり得ないことなんだから。
僕は改めて、アコが人間になったわけではないということを認識した。

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