さよならアコ

あなたは誰?

先ほどまでの動かないアコがまるで遠い夢の中のようだった。
どちらが現実か、或いはどちらも夢か、目まぐるしく変わる状況に僕は頭が痛くなる。


「とりあえず、お茶をいただきましょうか」


何処で購入したのかわからない様な蛍光イエローの長靴のようなショートブーツを不器用に脱ぎ散らかしながら、ギャラクシー色の頭をした例の女はさも当然のように我が家に上がり込んだ。
僕の横では起き上がったアコが怪訝そうに女と僕の顔を交互に見ている。
そんな顔するなよ、僕だって状況が飲み込めないんだ。


「アコ、お茶を頼めるかな」


いつまでも玄関に座り込んでいるわけにはいかない。
僕は立ち上がり横で床に手を着くアコを抱き起すと服に付いた埃を払った。
乱暴に投げ込まれたせいでせっかくの余所行きが台無しである。


「え、ええと・・・よくわかんないですけど、はいっ」


せかせかとリビングに駆け込みお湯を沸かすアコに続き、僕もリビングへ入る。
僕の定位置であるソファは既にあいつに占領されていたため、僕は仕方なく床に座った。
なんというか、勧められてもいないのに勝手に家に上がり込み一番いい席を陣取るとは太いやつである。
まぁ、見た目からして常識の通用する相手ではないとは思うが。


「狭いし硬いしバネが壊れて真ん中だけ沈んでるし最悪ですね、この椅子」


しかも文句をいう始末である。
右手でテレビのスイッチをでたらめに押しながら、踏ん反り返って腕を組む女の太々しさに僕は言葉も出ない。
不躾というか、常識はずれなんだろうか。
一向に見向きもされないまま、何分かが経った。
やかんがけたたましく高い音を出すが、女はそれには見向きもせずただ無言でテレビのチャンネルを変え続けている。
僕は耐えきれず、沈黙に終止符を裂いた。


「ところであなたはどちらさんなんですかね」


何が楽しいのか契約していない衛星放送チャンネルをひとつずつ切り替えている女に、僕は声を掛けた。
間を置いて女は初めて僕がそこにいることを認識したように頭を僕に向けると目を細め停止し、やがて思い出したように手を打つ。


「ああ、すみません。
つい夢中になってしまいました」


微妙な間の置き方や妙に丁寧な言葉遣い。そして見た目の奇抜さ。
全てが異様な空気を作り出していた。
女はテレビのスイッチを消して、リモコンをテーブルに置いた。
それと同時にアコが淹れたてのお茶を女と僕の前に置き、下がる。
女は出されたばかりのお茶に手を伸ばし、熱々のそれを顔色一つ変えることなく飲み干した。
というか、飲み下した。
ごくりと、ほぼ一口だ。


「そうそう、そうだ。
外に出ることはできないです」


口から湯気を吐きながら、女はそう言った。

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