さよならアコ

僕は戸惑っている

同じラブドールの身体だと彼女は言った。
そう、アコと同じラブドールだ。
彼女の言ったその意味がわからなかったわけではない。
だが、彼女の仕草や口調、そしてあの身体のせいで、どこか同じ物として見ることができないでいた。
僕は戸惑っている。
手のひらがじっとりと汗をかいている。
僕は自分の手をじっと見た。
手におかしなところはない。当たり前だ。
僕が触れたものはただのラブドールのしっとりとして微かに柔らかさのある、いや、それより少し柔らかいだろうか、そんな頬だった。
触れた頬の柔らかさやあの瞳の煌めきはマッドなサイエンティストでも余所の星から来た身体を持たないという思念体でもなく紛れもなくラブドールだったのだ。
そしてそれと同時に。
勢いとはいえ彼女の身体に触れたことをひどく後悔していた。
怒っているだろうか。
下げた頭を少し上げて、僕はちらつく前髪の隙間から向かいの様子を窺った。
彼女には特に変わった様子はない。
変わらぬ無の顔で、どこか一点を見ている。
微動もせず一点を凝視する様子はまるで電池が切れたようで、もしかしたらこれは実は怒っているとかそういう展開だろうか。


「あの・・・」


恐る恐る声を掛けるが視線は固定されたままである。
軽く閉じられた口は動く気配がない。
何があったというのだろう。
声を掛けた僕の方を見ることもなく、その様子は丁度そう、僕を通り越してもっと向こうを見ているような感じだ。
何かあるのだろうか。
返事は返ってこないし、そんなに後ろを見られるとちょっと不気味だ。
何かやばいものでもあるのか?
例えばなんだろう、彼女の天敵のエイリアンとか?彼女を捕らえに来た闇の組織とか?
それよりも可能性があるのは虫系、蜘蛛とか黒いアレの方があり得るだろうか。
アレらが壁なんかに張り付いているのを見つけると、僕も固まってしまう。
手足が多いのはさすがの僕も見ていてぞわぞわずるから嫌いだ。
だが現れたからと言って泣き寝入りする僕ではない。
長年一人で培ったノウハウで今までもやってきたのだ。
しかしまぁ。
恐怖からか、或いは人形に擬態してやり過ごそうとしているのか。
そうだとしたらこの宇宙人、意外と可愛い所がある。
もしアレ系だとしたらこうしてはいられない。
僕はテーブルの下に置かれた新聞紙を丸めて握ると勢いよく彼女が見つめている方向に身体を捻りついでによく見える様に首も少し動かした。
視界からソファに座る女が外れると同時に、「あっ」という彼女の短い声が聞こえる。


「おお・・・?」


振り向いた僕は思わず声を発した。
さがすまでもなく、宇宙人が見ていたものの正体がわかった。
そこに居たのは敵ではなく掃除を終えて戻ってきたのであろうアコの姿だった。

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