さよならアコ

存在

「なんだよー、仕事が忙しかったんだから仕方ないだろ?」


結局僕は安全策に逃げた。
この状況がいつまで続くかはわからないが、もしこのままアコと一緒に生活することになった場合、いつもいやらしいことばかり考えている奴だと思われてしまうのはよろしくない。

ラブドールであるアコがそんなことを思うかどうかはわからないし、思わないとは思うがそれでも僕は理性あるご主人様でありたいのだ。

散々やっておいて今更感はあるが、ベッドはベッド、生活は生活できちんと分ける。
僕はそういう人間だ!

というわけで僕はおどけた感じで返答した。
責めた感じになってもいけないし、何かを勘ぐるような素振りを見せてもいけないと思った。

というのも、今までの経験で素の何気ない言葉や行動が相手の気に障ってしまったり冷たい印象を与えてしまうということが少なくなかったのだ。
まったくそんなことは思っていないのだが、言葉の選び方が下手なのか抑揚が無さ過ぎるのか意識しないとどうにも素っ気無いと思われてしまうらしい。

だから、普通に返してしまうとアコにも冷たいと思われてしまうんじゃないかと思った。

アコとはこのまま冗談を言って笑いあえるような関係でありたい。
もしアコの皮肉交じりの言葉から僕が気分を害し冷たい言葉を返したと思われたら、アコは僕と話す際に気を遣うようになるだろう。
そうなると、今のような関係は崩れてしまうかもしれない。
それは避けたい。


「知ってますよ、ご主人様が毎日遅くまでお仕事頑張ってるって。
私、毎日ご主人様の帰りを待ってたんですから・・・。
これからは私がお掃除しますから、安心してくださいねっ」


アコの返答に僕は一瞬時が止まるのを感じた。

自分の帰りを待っている存在があったなんて、今まで考えたこともなかった。

僕はこの仕事に着いてからというもの、一日の時間の大半を職場で過ごしている。
朝早く出かけ、帰りも夜になる。
帰っても彼女の居る寝室で過ごす時間なんて寝るまでのほんの数十分だ。
疲れがひどいと声だけかけて彼女に触れない日だってあった。

それなのに、アコは毎日僕の帰りを待っていてくれたのか。

僕は目頭が熱くなるのを感じ、アコに気付かれないよう、目が痒いふりをして腕で目を擦った。
後ろを向いているから見られないとは思ったが、そろそろ洗い物も終わるだろう。
うっかり涙腺が潤んでしまったのを見られるのは恥ずかしい。

蛇口から流れる水音が止まる。
カチャっと音を立て、最後の食器が水切り籠に置かれた。


「よーし、終わり!
って、ご主人様!?どーしたんですか!」


やはりタイミング悪く、洗い物が終わったアコが振り返ってしまった。

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