さよならアコ

嘘だろ・・・

何が起こったのかわからなかった。
視界からアコが消えた。
コンクリートに彼女の体が叩きつけられる鈍い音が頭の中にこだまする。


「だからいっただろ!危ないから気を付けろって」


僕はアコを起こそうとしゃがみ込んだ。
何かがおかしい。
ただ転んだだけならすぐに起き上がるはずではないのか。
打ち所が悪かったのだろうか。
全く動く様子のないアコに、僕は不安を覚える。


「おい、アコ?アコ!」


揺らしても反応はない。
ゆっくりと抱き起すその身体はずっしりと重く、僕はその感覚を知っていた。


「嘘だろ・・・」


対面したその顔に僕は見覚えがあった。
見紛うはずもない、よく見知った表情。
ぱっちりと見開いた瞳に薄く笑みを浮かべた口元、見様によっては無表情のようにも笑っているようにも見える人形の表情だ。


「おい、アコ!アコってば!」


僕が呼んでも、なんの反応も示さない。
瞬きすることも眉を動かすことも、ない。


「そんな・・・」


僕は彼女の硬い身体を抱きしめた。
彼女の腰の関節が軋む。
本来ラブドールの関節はとてもデリケートなものだ。
勝手に曲がることはなく、負荷をかければ壊れる危険もある。
そう、本来ならばそういうものなのだ。
当たり前の現実が突き刺さる。
先ほどまでが夢だったのだろうか。
しかし実際に先ほどまで彼女は動いて、話していたのだ。
まだ腕には飛び込んできたアコの生々しい感触が残っている。
僕は困惑していた。
脳が現在の状況を理解できていないのだ。
急に夢から放り出されたような感覚、虚無感。
僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「いつまでもそこに居たらまずいんじゃないですか」


ふと、声を掛けられた。
僕が我に返り頭を上げるといつの間に現れたのか、目の前には奇抜な色の長い髪の女が立っていた。
青緑色に所々紫を散りばめたきつい色の髪は足首程までの長さがありまるで毛の化け物のようにも見えるが、ふざけた模様のパーカーに白衣を引っ掛けた姿から人間であることは認識できる。
僕がそれを女だと認識したのは、パーカーの下、白衣の隙間から覗くスカートからである。
視線を足元から徐々に上へ向けると、髪の派手さに対し顔は化粧っ気ひとつない無垢なままであり、きっちりと眉の上で切り揃えられた前髪を揺らすことなくどこか気だるそうな眼で僕を見下ろしている。


「とりあえず中へ」


女は呆然としている僕とアコを引っ張り上げ、女は開きっぱなしの玄関の中へ僕たちを引き摺り込んだ。
とんでもない力である。


「え、ちょ?え!?」


僕は何が起こったのか理解ができなかった。
立ち上がる間もなく気付いたら玄関に入っていたのだ。
女はそんな僕に目もくれず、小さく息を吐くと玄関のドアを閉めた。
それと同時に、僕の横に転がされたアコが床に手を着き状態を起こす。


「あれ、私、どうしたんでしょう。
お外に出たと思ったんですけど・・・」


まるで何事もなかったように、アコは家を出る前と同じように口を開いた。

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